客人の存在にも関らず、以前と差して変わらず日常は流れていった。
それはメイフィアが良くも悪くも必要以上関ろうとしないのが大半。
そして、当主たるライがメイフィアに対し客人として心使いがないのが残り。
最も敵意を抱いていたレイハも無視に勤めていれば、皆も次第に・・・
何故彼女が来訪したかという疑問を忘れた頃、その日はやって来た。
早朝、誰に習ってか三回ノックに執務室へ入ってきたのは竜妃。
対し、その前にライを庇うかのように秘書のレイハは立塞がる。
「・・・何の御用でしょう」
「退け。眷族などに用はない」
「そのわけには行きません。主を護るのは私の務め。そして・・・私の意志」
「ならば先に・・・」
「レイハっ!!!」
ライの叱咤にビクッと、振り返ったその顔は今にも泣きそうに歪む。
「・・・ちょっくら行ってくる。帰りは・・・まぁ日暮れまでには帰れるだろ。
メイフィア、先外で待っていてくれ。準備していく。」
そしてレイハは一人、ぽつんと執務室に取り残された。 そして遠くでは馬の嘶きが。
もはや出来ることなど帰りを待つぐらい・・・否、待つことは勤めではない。
主に関らず暗躍し、その刃になってこそ忍の本分。
一陣の風が吹いた後、其処にはその姿も残されていなかった・・・
都市から離れるように屋敷から馬で駆けること一刻程、二人の神人が決闘の場に選んだ地は
何も無い草原。 街道から離れているので人が来ることもない。
巻き込まれないよう馬も解放してやれば、もう何の問題も残っていない。
「さて、これで大暴れできるな」
「・・・良かったのか、別れをしなくても」
「俺は未だ死ぬつもりは無いんでね」
「・・・・・・」
それはメイフィアを殺すと宣言しているようなもの。ライ当人にその意思がなくとも。
それでもメイフィアは己の手に魔力を集中で刃を生み出し
ライは腕甲の手に片刃の破壊神剣を抜き放つ。
「「うおおおおおおっ!!!」」
ぶつかりあう二匹の獣に、戦場のごとく空間が震え上がった・・・
影忍戦姫レイハが二人に辿り着いた時、戦いは最高潮に手を成す術がなかった。
金龍眼に装着した腕甲も禍々しく剛剣を揮うライ。それに相対するのはメイフィア。
しかし、その姿は既に人のそれではなく背から竜翼を生やし尻からは竜尾が。
そして四肢は完全に狂暴なまでの竜のそれ。 つまり、竜人。
その為のやや露出の多い神衣だった。
メイフィアは空を舞い、四肢は危険きまわりなく尻尾も貫き薙払おうと襲い掛かるが
ライも歴戦の戦士に獣の力。 致命的な攻撃は剣で防ぎ避けて打撃を叩き込きこむ。
ライのスタミナが尽きるのが先か、メイフィアがダメージに動けなくなるのが先か。
そんな獣達の戦いは意外な決着を見せた。
心臓を貫こうとする尻尾をライは剣で防ぐのではなく捨て
一瞬唖然なメイフィアのそれを脇に抱えて振り回し、地面に叩きつけた。
そして、更に振り回し地面に叩きつけ・・・・・・
荒地に横たわっていたのは竜の乙女。それを見下ろす龍の戦士。
「これで、決着は、ついた」
「・・・殺せ、私を」
「・・・・・・やなこった。そんなに死にたきゃ、俺の眼の届かない処で、自害してくれ」
「・・・・・・」
そして、ライはメイフィアに背を向けて歩き出した。
その視線の先には胸前で手を組み祈るようなレイハ。
ライは己の得物を拾うと歩き出し、一度目を瞑り開いた時には既に龍から人へ。
二人は歩み寄り・・・
「ライっ!!?」
ずんっ!!!
「全く・・・」
メイフィアの竜腕はライの頭を貫く 事無く、耳と頬を傷つけただけ。
そして、ライの剣は逆持ちに己の脇を抜けてメイフィアの脇腹を貫通。
まだ致命傷ではないが、止めに満足に動けなくなるほどの重傷には違いない。
だから、剣を抜かれ地に伏すメイフィアはもう完全に動けない。
「・・・私に・・・止めを」
「・・・その傷なら、周囲から気を集めればもつだろう」
「・・・ころ・・・せ」
今度こそ、意識が朦朧とするメイフィアを放置にライはレイハの肩を抱いて歩き始めた。
「・・・よろしいのですか?」
「ああ、アレなら内の神が死なせてくれない。放っておいても大丈夫」
「いえ、そういう事ではなく・・・」
「俺が勝った。これ以上の事実はもういらない」
「・・・・・・」
今更ながらライは甘い。 以上に、困難を真正面から乗り越える強さがあった。
だからレイハも救われ、今ここにいられる・・・
二人は連れ添って家に帰ろうと
おおおおおおおおおおっ!!!
有り得ない咆哮に振り返った二人の視界に入ったのは、集中してゆく気。
その中心には爛々と目を輝かせ空に向かい吼えるメイフィア。
否、もはやそれはメイフィアという竜妃の姿をした別の存在。
ライという存在に対する内の破壊神、戦龍神のような・・・・・・
見る見る内に、服の切れ目から覗ける貫傷が、意外の傷が癒え
「!!! しまったっ」
「えっ!!? えっ!!?」
そして臨界が突破した時、乙女の身体は爆発に水蒸気に包まれ
オオオオオオオオオオっ!!!
獣叫に水蒸気撒き散らし姿を見せたのは正しく竜。 鋼色の暴龍神。
竜は二人が目に入っていないのか、遥か彼方を睨み・・・翼一振で空へ。
そして、それを目指し飛んでいった。
「くっ、そう言う意味かっ!!!」
「何が・・・アレは何なんですかっ!!?」
「早い話、俺と同じようなもの。 生命の危機に暴走しちまった。
今のヤツは腹が減ってる。ココいらで最も御馳走なのは・・・都市!!?」
「!!? ああ・・・なんて事・・・」
レイハがショックを受けているのは
ライがアレと同じという事なのか、都市が危機である事に対してなのか・・・
「あれを野放しには出来ない。都市に着く前に捕まえないと。
・・・すまんレイハ。何も聞かず、今は俺にその命を貸してくれ」
「はい」
「!!?」
「ライ、貴方が勝手なのは今に始った事ではありませんから・・・」
「・・・・・・必ず護りきる。レイハも、皆も、帰る場所も」
眼を閉じ全てを委ねたレイハをライは抱擁し、内なる玉を解くような精神集中に
生まれ二人を覆い隠していく靄。靄は更に膨れ上がって瞬く間に人の倍々のサイズに。
そして靄を撒き散らし
戦龍神降臨。
龍顎の頭に知性を思わせる金色の龍眼は元より、狂暴な鎧の如き身体の背から生えるのは
連なる薄晶の剣を思わせる龍翼。
さっきの決闘の直後で如何なるかと思ったが・・・いけるっ!!
戦龍神は己の身体の具合を確かめ、暴龍神が去った方向を静かに見据えると
その龍翼を一振。それだけで足が空に浮く。 更に大きな一振で戦龍神は空を舞う。
暴龍神にメイフィアの意志は一欠けらも残っておらず
獣の本能のみがその身体を支配していた。
神というものは大凡、理性が強ければ創造に,本能が強ければ破壊に向く傾向がある。
それはライしかり、メイフィアもまた例に問わず・・・故の刺客であった。
だが、余りにも獣ゆえ暴龍神が餌に求めたのは希望都市。
姿が鳥ほどにしか見えない程その遥か上空、暴龍神は顎を開く。
牙間から立上る陽炎に、今に放とうとしているのは滅炎の咆哮。
対象物を燃やしエネルギーまでに分解してしまう恐ろしいまでの叫び。
顎から流星撃の如く炎を落し、人知れず都市を滅ぼそうとした正にその時。
『させるかっ!!!』
!!?
瞬間移動の如く目の前に現れた風の戦龍神の一蹴に、暴龍神の口は上向き
滅炎の咆哮は天へ昇る流星。
食事の邪魔をされ、暴龍神の怒りの矛先は当の目の前の戦龍神に。
『さて・・・第三ラウンド、始めようか』
オオオオオオオオオオっ!!!
それでも戦龍神がただの敵ではないことを悟り、暴龍神は戦叫に闘志剥き出し。
誰にも知られることなく両神、最後の対決が始った。
暴龍神の攻撃、次から次へと撃たれる弾の如き滅炎の咆哮を、戦龍神は龍翼を振るって
身体を捻り避け龍翼の剣羽を射つ。 それは狙い誤らず暴龍神を貫き、空に釘付けに。
しかし、咆哮に粉砕。
『ちっ、流石・・・』
霊的物質であるため肉体の損傷はないが、ダメージは以上になる。
しかし、神たる存在に致命傷になりえないダメージが如何ほどのものか。
一瞬体勢を崩しながらも即回復に、更に幾重に弾の滅炎の咆哮が襲い掛かるが
当然あたるはずもなく、間をヒラリヒラリと舞う戦龍神。
しかし、暴龍神が最後に放った滅炎の咆哮はそれまでと異なり
暴龍神が揮う首の動きに従い、炎線が
轟っ!!!
『!!?』
一瞬で戦龍神の躯に絡みつき、覆い尽す。
それに暴龍神の勝鬨の咆哮が天を震わし・・・
が
『この程度っ!!!』
広がる龍翼に霧散する滅炎。 そこには無傷の戦龍神が。
地,炎,水のフォームに比べ若干 躯のは細いがその分、龍翼が攻防の術と成ってくれる。
しかし、双方の攻撃が有効打に成り難い事実は代わりようがない。
その上、戦龍神はライの意志が宿り 暴龍神は獣であるため如何しても・・・
『俺に破壊神の業を行えと。 ・・・・・・いいだろう。破壊してやるっ!!!』
今まで成す術もなく受身だった戦龍神は一転、喝っと龍眼を見開き暴龍神へ突貫。
それを迎え撃たんと顎腔に充溢れていく滅炎。その桁、今までの比ではなく
無謀にも真正面から突っ込む戦龍神を消滅させんと、避けさせる空間も無く放たれた。
が、
『我は神の躯をもつモノ。 風の化身たる戦龍神もまた風』
霊言に風へ半透明に薄れゆくその姿は滅炎の壁を透り抜け、暴龍神が認識した時には
既に目前へ疾翔。 それでも迎撃に揮われる腕もまた戦龍神を透り抜け
斬!!!
と、暴龍神の身体そのものまで透り抜けてしまった戦龍神は空で停止に、躯に戻る色。
背を向けたままの後方には、暴龍神が透り抜けられた時の姿のままに空で硬直。
『・・・確かに破壊した。
その憎悪を その力の源たるモノを な』
オオオオオオォォォォ・・・
断末の咆哮に暴龍神の姿が崩壊、爆発。
そして、その中から落下していくものを小動物を持つように両手で優しく受け止め
戦龍神もまた地に向かって落下していった・・・
目を覚ました時、尽きるまで疲労から多少なりも回復した身体を優しく包んでいるのは
日向の香りがするシーツの布団。 部屋の風景は先日まで世話になっていたソレだった。
つまりは、真龍騎公ライの居城たる屋敷の一室。
「うっ・・・く・・・」
心地良い倦怠感に未だ休ませろと訴え満足に動かない身体に鞭打ち
簡素な寝巻きの上から更に用意されていた上着を羽織り廊下へ。
恐ろしいまでに人の気配はなく・・・それでも其処にならば人がいるに違いないと
居間へ向かう。 そして例の如く当然、いた。
ソファ中央で大の字で陣取り、伸びきってだらしなく寝る当の主ライ。
そのだらしなさも今は真の勝者の貫禄にしか見えない。
そして、その膝枕に寝ている美女二人。 秘書嬢レイハと黒猫嬢シエル。
慕い護っているのか、甘え護られているのか・・・
仲間故それが共に間違っていない事を 竜妃メイフィアは知っている。
居間へ着た時と同様に特に気配を消す事もなく表情も変えず
距離を積め前に立つと、腕を振り被り標的をライの頭に固定。
その腕のみが白く柔らげな乙女のそれから、狂暴に鱗で覆われた竜腕へと変化した。
降り抜けば確実に避けさせることなく頭を粉砕し、その命を奪ってしまうだろう。
そして
「・・・・・・。 ふぅ」
観念まじりの溜息に一歩下がり降ろした腕は再び乙女のモノに戻っていた。
「・・・今更、真龍騎公を殺す気はない。私は完全に負けたのだから」
「ならば、何故・・・」
メイフィアに応えるのはライを膝枕に寝ているレイハ・・・
否、その背後に回した手には短刀が握られ、事の際には護れるようなっていた。
命に代えても絶対に。
「何故? 何故・・・見たかったのかもしれない。貴女がそう反応するところを。
・・・だから、もう、その得物は必要ない」
「・・・だといいのですが」
その気持ち、理解できる事半分出来ない事半分にレイハは身体を起こす。
シエルは未だにスヤスヤ寝たままなのは、殺気を感じていないから無視なのは確実。
それでもレイハが反応しているのは、それが彼女が己の課した務めだから。
「それに身体が癒え次第、母国へ帰るつもり」
「!!? 別にそんなに事を急がれなくても・・・
任務失敗で帰国されて大丈夫なのですか? 亡命なさるのなら歓迎いたしますが」
相手が単なる客となれば豹変にやさしいレイハさん。
それも、メイフィアの態度が氷解に多少なりも柔らかくなったからなのだが。
「シン帝の命は運命に在らざる者を裁けとの事。 今から考えれば
こうなる事も・・・事が済んだ以上私はココにいることは出来ない。
・・・彼は私すら古い、新しい神なのかもしれない。
彼なら「大破壊」を退け、運命を書き換える事も・・・」
「・・・ライは、神ではありません。 人です。一人の、男です。」
「・・・ふっ。如何にもココらしい」
古い新しい云々の問題ではなく、結局は概念が違うだけ。
彼は神ではなく、この地の長であると。 共に、意志持つ者として・・・
態度は柔らかくなろうとも、結局メイフィアは積極的に関る事無く数日を過し
出発のその日、見送りに立つのは立った二人だけ。
「態々見送り、感謝する」
「まぁ・・・な。気に入ったモノは大事にする性分でね」
「・・・らしいな」
竜妃の顔に思わず浮かぶ笑み。これこそ、この娘の素顔かもしれない。
従者の如く話が終るまで一歩下がっていたレイハは前に、手を出しだし
その掌に光るのは一つの宝石 魔石が美しい簡素なネックレス。
「・・・これは?」
「生命レベルが一定値まで下がった時、安全な場所へ強制転送してくれる。
まぁ、そんなことは有り得ないし、下世話とは思ったけどな(笑」
つまり、メイフィアの危機に暴龍神が降臨させずに済むようにと。
「・・・いや、これならば良い飾りになる」
レイハの手から直接受け取ると、それを己の首に。
胸元で紅から紫・蒼へ代わり共々良く映える。
「ああ、良く似合う。急いで造らせたかいがあった」
ライの感想に、何故か主へジト目を向けるレイハ。 自分には造ってくれないくせにと。
戦闘ジャケットなり、巻きスカートなり、陣羽織など造ったのだが。
秘書として栄えるようなアクセサリーもプレゼントしてるし。
「・・・ふっ。 では、健闘を祈る」
色々な意味を込めメイフィアは騎馬に感慨もなく出発した。
ライとレイハもまた、姿が見えなくなる前に屋敷へと引込んでいった・・・