■ 焔の魔剣 ■
4. Crimson Edge(中
「ゴクンッ…」
少女の生唾を飲む音が聞こえる。
そして、恐る恐る尋ねる。
「ねぇ、それで…どうなったの、その後?」
対するは魔剣フランヴェルジェ。
渦中に居た唯一の存在であり、真実を知るモノ。
(ラシュイは…無論、戦った…愛しき者を守りたいが為に。)
そして再び、寡黙なる魔剣は語りだす。
過去の出来事。
―既に終わった、聞く者にとっては始まりの物語を。
Crimson Edge 中編 ―過去、決着
「こンッ…畜生がぁ!!」
村へと逃げるように駆けながら、来る最上級悪魔<グレーターデーモン>の追撃をかわす。
「手前等の相手してる暇ァ無ぇんだよ!!」
斬ッ
『グギャァァァァァ!?』
手前"等"と指されたが、どうやらあの男…
持続召喚陣を描いたらしく、そこから次々と冥界の怪物達が湧き出てくるのだ。
「ちぃっ、村まではまだ半分ッ…!」
既に幾何匹の怪物を切り捨てたのか、所々に切り傷・擦り傷等が数え切れぬ程出来ている。
『ギュルッキュキュキュキュ!』
「邪魔だァ!!」
ドンッ
目の前に現れた小悪魔<インプ>を退けながら、村へと急ぐ。
「クソッ、次から次へと…!"ジャガーノート"の野郎ォ…!!」
(…!!ラシュイ!厄介なのが来たぞ!!)
『ココカラ先ヘ行カセル訳ニハイカン…』
「なっ…え、超上級悪魔<エルダーデーモン>だと!?こんな奴っ、古文書でしか見た事ねェぞ!!」
(怯むな、戦え!)
ヴェルジェの声が届いたか否か、既に男は超上級悪魔へと斬りかかっていた。
その目は、既に"先"を見ていた。
「どけぇぇぇっ!!」
ガキィンッ
『フン、ソノ程度―!?』
「ぇぇぇりゃぁぁ!!」
端から見れば無謀。
剣撃を加えると共に、超上級悪魔への延髄蹴りを入れる。
『血迷ッ…グォッ!?』
そこから首を挟み、フランケンシュタイナー。……この男、本当に人間か?
そして、倒れた超上級悪魔へと一撃を…
「とどめぇっ!!」
残ッ
「ッ…ちっ、立て直しの早ぇこったて…」
『………タカガ人間ト侮ッテイタガ…仕方ガアルマイ。出デヨ!』
『グォォォォォォォォ!!!』
超上級悪魔が指図すると同時に現れる最上級悪魔の群れ。
先の戦いでもぎ取られた右腕からは、応急処置はしてあるものの今だ血が滴っている。
「くっそっ…こんな所で、梃子摺ってる訳にはいかねぇってのに…!」
―十数分前 竜神を奉る神殿近くの茂みにて―
「全く…本ッ当に憎たらしい男よね。私が仮にも神官だったって事、忘れたのかしら?」
隠れるようにして様子を窺っている女。
睡眠薬を飲まされ、今頃ならば宿屋のベッドで寝ていた筈の女。
「解眠<アンティスリープ>の魔法ぐらい使えるってゆうのに…」
そう、セイラ=クロスイ本人である。
…そうこうぼやいている内に、
『グォォォォォォォ!!』
「!?な、何っ!?」
最上級悪魔の雄叫びが聞こえる。
「そうですねぇ…"20年前、貴方の村を焼き尽くした張本人…"と言ったら、分かりますかね?」
「…!?……まさか………手前………!」
「っくくくく…さぁ、余所見をしているヒマはあるのですか!?」
隠れていた茂みから聞こえる会話。
「…まさか…あの男……!」
ラシュイと、セイラの予感は当っていた。
そして、目前で変化してゆく片目に傷がある男。
それと同時に、駆け出していた。
村の人達を、避難させる為にも。
何故、人一倍プライドが高い彼女が"彼"を見捨てて村へと戻ったのか?
それは"彼"を信頼しているから。
"彼"は絶対に、負けない。…そう信じているから。
信じるに値する、唯一の人物だから…
村に辿り付く直前、
「きゃぁぁぁぁ!?」
「何!?」
突然聞こえる悲鳴。
「うわぁぁぁぁ!!」
「ぎゃぁぁぁぁ!?」
次々と聞こえる断末魔。
―ラシュイが言いそびれた事。
"掟"を破った村は、大鬼<オウガ>の群れに襲われた。
『大鬼を退治せし竜神、ここに降臨せり』
ドクンッ
脈打つ慟哭。
「ひぃっ、ひぃぃぃぃ!!」
男は―竜人は、二重の策を打っていたのだ。
若し"現場"を見られて、『竜神』の伝説が打ち砕かれようとするならば―
「た、助けてくれぇぇぇ!!」
―かのように大鬼の群れを村へ向かわせる。
ドクンッ
そして、到着する『竜神』、掃討される大鬼と村人。
消される事実、塗り替えられる真実。
「やめ…て……」
ドクンッッ
―そして、セイラの村も―
『おとう…さん…?』
『ヴォォォォ!』
『…ここまでやればもう十分でしょう。…クククク、さぁ、滅べ!!』
ドクンッ。
ドクンッ。
ドクンッ。
ドクンッ。
ドクンッ。
ドクンッ。
「おかぁさぁぁん…怖いよぉ〜!助けてよぉ〜!!」
ドクンッ!!
「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
―同刻、ラシュイ方―
村まであと少し…飛竜はまるで挑発するかのようにふらり、ふらりと村へと向かっている。
「こんッ……畜生がァ!!」
『ヌォォォォォ!!?』
斬ッ!!
超上級悪魔を、斬る。
と同時に立ち上る光柱。
「っとっ……な、何だ!?」
(あの光は…!?)
それは、彼女の放つ光。
その場にいた者全てがそれに見惚れていた。
一匹を除いては。
『グキェーッ!!』
(!!ラシュイ、後ろだ!)
ドシュッ
「がっ……!」
三股の槍<デモニックフォーク>を用いて男の腹部を貫く小悪魔。
皮肉にも、それは"倒す価値の無い"と判断し、先に退けた小悪魔<インプ>であった。
「ッ……畜生がァ!!」
ブォンッ、と振り下ろされる刃。
グシャッ。
「…ッ、一体…何が、どうなってやがるんだ…!?」
三股の槍を腹部から引き抜き、もう既に五体満足では無い体を引き摺るようにして村へと向かう男。
その腕は片方無く、足は砕かれ、片目を潰され…
辿り付いた先。
に、見た光景。
『なんと…まさか、これは…!』
竜人が唸る。
そこに居たのは、一人の
「……セイ、ラ……?」
天使
―古において、神と魔との間で戦ったとされる神々の使い
その一撃は邪を消し去り、
その羽ばたきは命ある者に力を吹き込む。
「…!?ライ、ライ!!どうしたの、その傷!?…それに、この飛竜…!!」
自らの変化に戸惑う事無く、大鬼を屠った天使は、
「おいおい、マジかよ……古文書祭りか、今日は…?」
男に抱きつき、その傷を癒す。
―最も、大鬼の掃討で力を使い果たしたか、然程効果は現れていないが。
(…まさか、ラシュイの見初めた女が"天使"だったとはな。それは天性か、それとも必然か…―?)
『…おのれ…まさか、その女……!私ともあろう者が"見落としていた"とは…ッ!!
我が力は絶対也…我に仇成す者に与えるは、』
「させるかよ!!」
男が、大剣を片手に咆える。
「テメエの目論見もこれっきりだ…今日、全てを終わらせる!」
『…ふん、ほざけ"出来損ない"が!!貴様に何が出来ると言うのだ!』
対し、牙を向ける飛竜。
「出来損ない…?どうゆう意味だ、そりゃあ!」
『いいだろう、教えてやる…貴様を態々生かしておいたのは、我が竜人族の末裔故に!』
「なっ………」
飛竜の口から出てきたのは、驚愕の事実。
『若し竜化が出来ていたのであれば、共に世界を争う…と思ったのだが、そうもいかないらしいな』
「……ったりめェだ!!!誰が、手前なんかと―」
『…少々惜しいが…まぁ良い。この場で消え去れ、"我が息子"よ!!』
「!!!」
追い討ちをかける真実―
「……うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
―咆哮 主に竜族、悪魔族が行う行為。縄張りの主張、獲物を見つけた時、
…全力で、戦う刻。
魔剣を地に突き刺し、飛び上がる男。
その瞳は真紅に輝き、奥では燃え上がる炎が窺える。
そして、
「ぉぉぉぉぉぉぉりゃぁぁあああ!!!」
ドゴンッ
殴る。
『ぬぉぉぉぉぉぉ!?』
ズゥゥゥゥゥン………
堕ちる飛竜。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ…ハァッ」
「ライ!!」
「来るな!!!」
「!!」
「……フランヴェルジェ…後は、頼む」
その言葉をきっかけに、魔剣から炎が飛び出し、ラシュイへと纏わりつく。
と同時に、炎の結界がセイラもろとも周辺を包む。
「………、………!!!」
必死に訴える女の声は、男に届かない。
『……く、ククククク………そうだ、その"目"だ……良かろう…我が全身全霊をかけて、』
「……ハッ、御託並べてねェでさっさとかかってきな!!」
『…!!グォォォォォォォォォン!!!』
ブレス。
を、切り裂く炎。
ラシュイを纏う炎は、切り取られた腕を補うように、また或いは体を覆う鎧のように、そして或いは―
「おぉぉぉぉぉぉおおお!!」
それは時として巨大な剣となり。
『グォォォォォォォォ!!!』
飛竜が、右腕でそれを迎撃しようとする。
斬ッッッッ
『グァォォォォォォン!!?』
切り落とされる、飛竜の腕。
「これは、20年前…俺の村を襲った分…」
『ウォォォォォォォ!!』
怒り狂ったかのように襲い来る飛竜。
「これはっ、10年前セイラの村を襲った分!!!」
ザシュッ
『グォォォォォォォ!!』
潰れたもう片方の目を、突き刺す。
「そんでもって、これが―」
『図ニ乗るナぁ、餓鬼がァァァァァァァ!!!』
ブォンッ
バキッ
―ズドンッ
「がはぁっ!?」
『はァッ、ハぁっ、ハァッ、はぁっ―』
両目と片腕を失った飛竜は、尚も戦意を失ってはいなかった。
「は、っはははは………ガハッ、…様ぁ無ぇな…え?クソ親父よ……」
ゆっくりと起き上がる男。
『グフッ……ふ、ふはははは……そレはお互イ様であロう……』
「『ははははははは……』」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!」
『グォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオ!!!』
「―――――それで、どうなったの…?」
同じ質問を繰り返す少女。
(……正しく、死闘だった。…ラシュイは両腕をもぎ取られ、両目も失い…飛竜も両腕を失い。
そして、残ったのは―)
「…残ったのは?」
(…ラシュイの骸と、焼き尽くされた村…それにセイラ。)
「そんな…!」
(……力量の差を考えれば至極当然の結果だ。むしろ、あそこまで殺り合えた方が奇跡に近い)
「そんな、だからって―」
(我とて意志を持つ魔剣!フランヴェルジェ!!その心は炎と共に在り、その意志は炎と共に消ゆ!!)
「っ、ヴェ、ヴェルジェ?」
(悲しき筈など無いっ……筈など、無いのだッ………)
そう、それ故に魔剣 フランヴェルジェは自ら封じられる事を望んだ。
もう二度と、人との交わりを絶つ為に。
―だが、その意志は…その心は、悲しくも自らの使い手を求める。
「ゴメン…私……」
(…良いのだ。我が話したいから話しただけの事。気にする事は無い。)
「…そういえば、セイラさんも生き残ったんだよね?…だったら、今生きてるのかなぁ?」
(…知らぬ。あれっきり、彼女の存在を感知する事は出来ん…)
「そう…なんだ。
…ねぇ、その飛竜って…もしかして、まだ生きてる…なんて事無いよね?」
(…それは感じる。奴の慟哭を。…生の脈動を。)
「………ッ」
少女の身に緊張が走る。
「で、でもまぁ…いきなりそんなにバッタリ出くわしたりなんかしないよねー、なんて…」
(……今言ったであろう?奴の慟哭を感じると。……近いな………それに、家の焼けた匂いがする)
「え゛え゛〜〜〜〜〜ッ!!?うそ、嘘ウソうっそでしょぉ〜〜〜!?」
(そんな事で主を担いでどうする…………聞こえるぞ!)
『グォォォォォォォォン!!!』
―かくして、過去に活躍した英雄の末路を語る物語は終わり、
新たな冒険の幕が斬って落とされるのであった…
To be continued.