∴SHRINE∴
∴FANTASY LIVING THING PICTURE BOOK∴

■ ムクウ ■
作: 文月様
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NO THING KILLS HIMSELF

(無空間の焦点)

『僕』は今から、君にある話をしようと思う。

君にとっては、おそらくどうでもいい、少しミステリアスで、少しスパイシな話だ。

話し終わった時に、又、君がここに来ないこと。

それが『僕』からの条件だよ。

では、始めようか。

 

『僕』には友達がいた。いた、って過去形なのは御察しの通り。

彼は死んでしまったのだ。

(死んだ、と言う表現は違うかもしれないが、兎にも角にも彼は『僕』の前から居なくなったのだ。)

彼と『僕』は同じような生活をしていた。

『杜』の中に在る、小さな立方体の、味気ない(真っ白なんだぜ?)部屋に住み、本を読んでいた。

『やぁ。』

『僕』が言うと、彼も同じように手をあげる。

彼が読んでいるのは、“STREOGRAM”と素っ気無いタイトルの本。

『僕』が読んでいるのは、“同位相の連続上に見える物体”という本だった。

どちらもあどけなくて、それでいて冷たいものだった。

彼は、いつも『僕』が部屋に戻ると、同じ部屋にいた。

仕草は『僕』にそっくりで、だけれど、より妖しくより洗練されて見えた。

『お前、どうしていつもここにいるんだ?』

聞いても、彼は答えない。

彼は無愛想だからだ。

それでいて、いつも『僕』の部屋に居座っている。

おかしな奴だった。

『僕』は『杜』の外へ行き、散歩中に心地よく眠り(暇を持て余して眠るよりも、

より快適なんだ)壊れかけた足を動かして家路につく。

そうすると、彼がいつも家にいる。

その繰り返しだった。

あれは、いつのことだっただろう。

多分、寒かった気がするから、冬だったに違いない。

とにもかくにも、『僕』にとっては寒い日だった。

『僕』が戻った時には、彼はなにか箱を弄んでいた。

『なんだよ、それは。』

『僕』が聞くと、彼は静かに微笑みながらその箱を差し出した。

そうして、上を見上げた。

『なにかあるのか。』

『僕』が聞いても、彼は上を見上げ続けるだけ。

それから、ポツリと『僕』に聞いた。

『さて、キミ。私達は何処に生きているのだと思いますか?』

『そりゃあ、現在さ。決まっているじゃないか。ここだよ。』

彼はふ、と息を押し出すようにして笑う。

そうして、すこし箱を指し示した。

『僕』は仕方なく、その箱を覗き込んだ。

『僕』らが、いた。

彼は上を見上げ、『僕』は何かを覗き込んでいる。

その手には、今の『僕』と同じように箱が握られていた。

『―ほら。驚くと思いました。』

彼が言った。その声は、冷たくもあり、遠くもあり、そして儚くもあった。

『僕』も上を見上げた。

すると、誰かの巨大な指が見えた。

それも、『僕』の指だった。

『さて、キミ。私達は何処に生きているのだと思いますか?』

彼が、『僕』に聞いた。

『僕』はもう、答えられない。

『さて、キミ。私達は何処に生きているのだと思いますか?』

彼は二度、繰り返した。

『僕』は首を振った。

『私達は、生きていると錯覚しているだけなのでしょうね。』

彼は短く言った。

歌うようでもあり、浚うようでもあった。

『私達は、何処にいるのでしょうね。』

『ここだよ! 決まっているじゃあないか。』

『僕』は叫んだ。

だが、その声は箱の外からも、中からも聞こえ、綺麗に同時に止んでいった。

彼は『僕』を哀れそうに見つめながら、『僕』の手から箱を受け取った。

『これが真実の一部なのですよ、キミ。』

彼はその箱を再び弄んだ。

何故か、『僕』は眩暈がした。

その箱と一緒に、『僕』の世界が揺れ動いてるような、眩暈に陥った。

『世界が真実だと、誰が思ったのでしょう?』

彼は言った。

『世界を、キミは本当に見たことがありますか?

見たとして、キミの脳の錯覚じゃないと誰が保障できますか?』

『僕』は彼に視線を向けた。

我ながら、多分、情けない顔だったのだろうと思う。

『……確かに。だが、みんな同じ錯覚をしているのはおかしいじゃあないか。』

『僕』は苦し紛れに言った。それは自分の事ながら、正論に聞こえた。

だが、彼はその存在感が希薄な表情で嘲笑うだけだ。

『“みんなと同じ”なら、それは真実なのかな、キミ? それこそ本当に理不尽な話ですよ。』

彼の声は次第に遠くなり、『僕』は彼を見上げた。

彼の笑い声が、二重にも三重にも増えた。

柔らかい声が、球面の外側からも内側からも降り注ぎ、『僕』の耳に祝福を与えた。

『そう、それが呪いですよ。』

彼は箱の中の『僕』に言った。

『僕』が見上げると、箱の外の彼はにこりと笑った。

彼は大きすぎて、『僕』には恐ろしい風にしか映らなかった。

『そう、それが呪いですよ。』

彼は繰り返した。

『誰かと一緒なら、安心だとする情報。

青は安全だと言う錯覚。

全ては、そういう呪いでできているのですよ。』

彼の声はエコーがかかったように聞こえにくくなっていた。

『僕』は自分の横にいる彼を見る。

彼は、その手に月骨のナイフを握り、箱と見比べて笑っていた。

『国家レヴェルで、世界レヴェルで、そしてヒトの歴史レヴェルで、キミ達の脳を惑わそうとする。

それが、この呪いということですよ。』

彼は『僕』に向かって言うと、そのナイフをピタリと頭の横に当てた。

『つまり、洗脳。キミ達の脳は常に何者かに侵されているのです。

真実がこの箱だとは、誰が信じると思いますか?』

彼は笑った。

ゆっくりと、その洗脳を溶かすように、柔らかく笑った。

箱の外の音が、波のように伝わっては消えた。

箱の中の音も、伝わる前に形も無く終わった。

彼は『僕』に箱を向けた。

『つまり、世界とは、『杜』とはこの箱のようなものなのですよ。

何重にも為っていて、誰もその何処に居るかわからない。迷宮なのです。』

箱の中の彼も、『僕』に箱を突きつけ、その中の彼も『僕』に箱をつきつけ……

『僕』は上を見上げた。

上を見上げている『僕』が見えた。

『僕』は上に手を伸ばす。

『駄目ですよ。捕まりはしない。

どのキミも同じ行動を取りつづける。

決して、お互いに触れ合うことは不可能。

それが真実の本質なのですよ。』

彼は『僕』を嘲笑った。

そうしてから、『僕』に歩み寄った。

『キミは何を見ていますか?』

『僕』は答えられなかった。

『キミは何処にいるのですか?』

『僕』は答えられなかった。

『キミは本当に……』

『僕』は耳を塞ぎにかかった。彼は『僕』の手をしなやかに掴み、こう言った。

『存在していますか?』

『僕』は答えられなかった。

彼は『僕』にナイフを握らせた。

優しくて、冷たい手だった。

『僕』は箱の中の『僕』らに僅かに目を走らせた。

『僕』に見えたのは、『僕』の後ろ姿だけだった。

彼は『僕』を試すように言った。

『存在と言うのは、ヒトと言うのは、曖昧なものなのですよ。

触ったという感覚、話したという感覚、それらは全て洗脳された脳が判断している事ですからね。』

『僕』は何が何だか分からなくて、

『キミには、作られた時から、確かなものなど何も無かったのですよ。』

彼の存在が堪えられなく憎くて、『僕』は……

箱を掴み、その中の彼を突き刺した。

彼の血が『僕』にかかったのは、何故だったのだろう。

しかし、確かに彼は『僕』を見ていた。

ナイフの先に小さく付いてきた箱の中の彼。

彼は『僕』を見て、哀れそうに言ったのだ。

『さて、キミ。キミは何処に生きているのだと思いますか?』

 

 

◆ AFTER WORDS ◆

『DIE OR LIVE ?』

YOU WILL FIND IT IMPOSSIBLE.

IT IS NOT SO EASY.

DON'T THINK.

DON'T DEPEND.

AND YOU WILL SEE ……

 

 

2002/02/22



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■ ムクウ ■

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