「オウガ…その２」


コークランド森林地帯における、オウガの実情は過去に『第三期調査隊』により報告されたとうりであるが、

非常に珍しいと思われる事例の報告書が、再度コークランド森林地帯に出向いた調査隊より上申された…


この報告書を上申したのは、調査隊の一員のエルフの娘である
（動植物に対しての造詣が深い事から、今回の調査に特別に参加していた）


この時の調査隊は、実質的に言えば失敗とされている…

コークランド森林地帯に踏み込んで、三日目には調査隊は壊滅状態になり、

多くの隊員を失い、かろうじて生き残りの者が本国に帰還している。

当時本国に帰還した者達の中には、この報告書を上申したエルフの娘（姓名…カルナ・エリーケ〜１７歳）は

含まれていなかったが、数週間後に近隣の村にて保護され、本国に帰還後した後に、

この報告書を上申した。




以下…カルナ・エリーケの報告書より…

私が所属した第〇次コークランド調査隊が壊滅状態に陥ったのは、調査開始三日目でした。

正体不明の生物の襲撃により、護衛の騎士団は瞬時に壊滅…

怒号と悲鳴の中で逃げ回った末に気がついた時には、かなり深い傷を負った上に、

仲間の調査団と離れしまい、コークランド森林地帯の奥深くに一人取り残されてしまいました。

その時点で、すでに生還は諦めていました…

自らの身を守る術も無い、エルフの娘が生きて帰る事が出来るほど、

コークランド森林地帯の深部は甘くないと言う事は、以前の調査資料を読んで知っていましたから…

その時です…私の目の前に一人の太刀を持ったオウガが出現しました。

以前の調査資料を読んでおり、オウガと言う種族がどのような者であるか…

他種族の女性に対して、どのような行為に及ぶかを知り得ていた私は、

護身用に持っていた山刃を引きぬきました…オウガに対して抵抗するためではありません…

散々に嬲り犯された末に殺されるくらいなら、せめて一息に自決しようと思ったのです。



しかし、目の前に現れたオウガが奇妙な動きを示したのです…

なんとオウガは、自分が持っていた太刀を手から離して、その場に置き…

なんと、両手を大きく広げて敵意が無いとでも言うようなポーズを見せたのでした。

あらためて私はオウガを見ました…そして、気がついたのです…

オウガの恐ろしげな顔の下にある、優しそうな鳶色の瞳の色に…

私は、胸に当てていた山刃を下ろしました…それを見て取ったオウガは、

なんと驚く事に地面に文字を書き始めたのです。



書かれた文字は、三種類…古代神聖文字、標準文字、簡易文字…どれも文面は同じでした。


『危害を加えるつもりはない、ここは危険だから私について来て下さい…』


そのような事が書かれていました…私が頷くと、オウガは手を差し出して、私を抱きかかえ歩き出しました…

数時間ほど歩いたでしょうか？

鬱葱としていた森の中が突然に開け、家が現れたのです…そこが、彼の住居でした。

家の中に招かれた私は目を見張りました…

家の中には、おびただしい書物が綺麗に整理されて置かれていたのです。




そして、筆談（オウガは、その口や喉の構造状から人語を発生する事が不可能に近い）により

彼の生立ちと数奇な運命を知ることが出来ました…




以前の調査報告書にあるように、オウガの子を不幸にして宿した娘は、

母は差別と虐待の日々を生きる事になり…

生まれた子は殺されてしまうのが常であった。

彼の母親も、そのようなオウガ被害者であったらしい…しかし、彼の母親は、

彼が生まれた直後に彼を連れて森の中に逃げこむ…そのような例が、今までにない訳ではなかったが、

子連れの娘が生きて行けるほどコークランドの森林は甘くはなく、

ほとんどが三日と持たずに森に棲む生物の糧になるだけと思われる。

しかし奇跡が起こる…この森林の奥底に隠遁していた賢者が、偶然に彼の母親と彼を保護したのである…

賢者は、生まれたての子にザインという名を与える…

それから数十年…彼は…母親から優しい愛情を…師たる賢者から深い知性を受け継いだ…

やがて、母と賢者が寿命を迎え死の国へと旅だった後、

一人残された彼は森の奥で一人で生きてきたのでした…



長い筆談による会話が終る…

禍禍しいオウガの姿…その奥底に隠された深い知性と教養と慈愛に満ちた優しさ…彼…ザインは

不思議な存在でした…


傷が癒えるまでの数週間、私はザインの家で過ごす…

最初の頃こそ、オウガであるという意識が、心の片隅にあった…しかし、何時の間にか、

そのような事は気にならなくなっていました。

数週間後、傷が癒えた私をザインは、近くに開拓団の村に、送り届けてくれたのです…



以上が『カルナ・エリーケ』より上申された報告書である…

なお、この報告書を作成した『カルナ・エリーケ』は、

この報告書を作成後に個人でコークランド森林地帯に再び赴き行方不明になっている…

ただ、彼女の姿を最後に見た開拓団の村人によると、森から出て来た巨大なオウガに背負われて、

森に中に消えて行った…と言う目撃談が報告されている…



2001/11/24